三度目の首相官邸表敬 開業1周年     R7.3.6


 それは2月初旬でした。福井県より石破首相訪問の依頼が舞い込みました。

 3月6日(木)杉本知事と共にグランディア芳泉女将と美松女将、まつや千千若女将が首相官邸の石破首相を表敬。
 女将の会として3回目の首相訪問が叶いました。
 福井県民50年来の悲願、北陸新幹線の県内開業から1年を迎え、順調にお客様をお迎えできていることを報告、
福井発展へのお力添えをいただけたお礼を申し上げました。
 あわら温泉の知名度がグッと上がった喜びとこれからも「オール北陸」で頑張っていく気持ちもお伝えしました。

 振り返れば、1回目は平成28年2月、北陸新幹線金沢開業の翌年、安倍首相を表敬。
 女将たちが造り上げた日本酒「女将」をお渡ししました。
 2回目は昨年、県内開業に向けて岸田首相をお訪ねし、元旦におきた能登半島地震での影響、様々な補助金や
北陸割へのお礼などを述べさせていただきました。

 そして今回も新聞等ではとても明るい内容が報じられましたが、あの裏にまるでドラマのような出来事があったことを
お話したいと思います。

 2月26日(水)福井県との打ち合わせ
 由紀会長が涙目鼻声咳とこれから体調崩れそうな予感
 びっくりするラインが来たのが3月1日(土)高熱と肺炎の疑いで入院すると・・(診断は肺炎)
 これには恵美子女将と私(清美)頭を抱えた・・

 まず、福井県より「女性チャレンジ賞」を賜り、4日(木)表彰式に由紀会長がスピーチする予定でした。
 なんとか原稿ができていたので私(清美)が代読し、恵美子女将に随行してもらうことに。
 では6日はどうするの・・6人を5人にして一人キャンセル、康代女将にスピーチ頼んで快諾(?)してもらい、福井県
にも変更をお願いしました。
 これで何とかなる・・

 ところが3月3日(水)由紀会長より「官邸は行けます!」とLINEがくる
 「えーーー手配済んだよ~」
 インフルエンザでもなくコロナでもなくマイコプラズマでもなく驚異的な回復力で復活、再調整をお願いされました。
 恵美子女将曰く「3日間の心配した心を返せ~」

 5日(水)枕投げ選手権(清風荘)で中村料理長特製カレーの振る舞いをお手伝い。
 翌日の切符を受け取り、そして運命の6日を迎えることになります。
   
       

 3月6日(木)18:25 石破首相と面会。記念撮影からスタート
 杉本知事からの趣旨説明の後、女将の会会長より順調にお客様をお迎えできているとスピーチさせていただきました。

 由紀会長のご挨拶は・・
 石破首相、本日はお忙しい中お時間をいただき、誠にありがとうございます。あわら温泉女将でございます。

 北陸新幹線福井開業の1周年を迎え、地域の発展に寄与していただいたことにあらためまして深く感謝申し上げます。
 お陰さまで、福井の知名度がぐっと上がり、関東圏はもちろん、全国各地からのお客様が増えたようなきがしております。

 また、昨年の石川能登地震は石川の皆様にも、石川県に隣接しているあわら温泉にも甚大な被害もたらしました。
 私たちは北陸の観光の灯を消すことのないよう、北陸一丸となって能登の皆様の分まで、和倉の女将の皆さんの分
まで頑張って参りました。

 これからも、地域全体が連携し、あわら温泉をはじめとする観光資源のさらなる発展に邁進して参りますので、引き続き
ご支援とご尽力を賜りますようお願い申し上げます。

 この後に日本酒「女将」の説明をさせていただきました。

 石破首相はとても福井県のことを熟知しておられ、高校2年生の修学旅行で訪れたこと、農林水産大臣の時の全国植樹
祭、地方創生大臣の時のえちぜん鉄道乗車体験などをとても楽しくお話されました。
 さらに鳥取県ご出身ということで、松葉ガニと越前ガニの違いなどにも話は及びました。
 また日本酒「女将」も手に取ってくださり福井県にお越しいただけるようにお願いもさせていただきました。

 しかしそこに同席できた女将は3人だけ・・何が起こっていたのか・・
   
       

 同じ日の11:30頃、上野-大宮間を走行中の東北新幹線の車両連結部分が外れ、停止したことを記憶されています
でしょうか。
 上京のため芦原温泉駅11:29発はくたか526号に乗車していた女将6人。
 北陸新幹線の恩恵を受けるべく、日帰りを考えていました。
 14:52に東京駅到着予定です。
 それが12:30富山駅で突然停車してしまいました。
 かろうじて運休にはならず、走っては止まりの繰り返し、乗って東京を目指すか途中で降りて一か八か・・
 私たちは各所に相談の上、遅々として進まない新幹線を見限り、16:25高崎駅にて下車してくださいと電話にて指示され、
タクシー2台で官邸に向かいました。
 「行き先はカンテー」といった時の運転手さんのびっくりした反応。
 「1号車ガソリン入れ終わりました」と康代女将。群馬県から東京霞が関へ2時間・・ガス欠は起こせません。
 だんだん辺りが暗くなる時間。的確なLINE誘導と17:15から首相との面会時間も一時間繰り下げていただきましたが、
悲しいかな地理が全くわからず、指示が理解不能になって・・時間内に到着できたのは一台のみ。

 タクシーは玄関まで入れず、道路から、「早く走って!」の声に約100㍍は草履で全力疾走。
 手続きも割愛・・
 走りながら「法被、法被、法被を~」っと叫びながら・・なかなか声も通らず「すみません~私の法被を~」と。
 理恵若女将さすが若いだけあって、走りだしたのは同じ位なのにドンドン距離が離されていました。
 1分前に会議室に着いた時は酸素不足気味の状態で、呼吸を整えるのに何回も深呼吸しました。
 官邸に着いてからのあの走った距離が本当に遠く、息が上がっており、面会の時に咳き込まなかったことも奇跡の
 ひとつです。
 何とか滑り込んだ3人はミラクルとしか言いようがありません。
 知事に石破首相を1時間も待たせる女将は前代未聞、初めてでしょうと・・(笑)

 首都高速に乗ることができないという致命的なミスを犯した白和荘、清風荘、べにやの3人は東京の夜景を眺めながら
終了した19:10分頃にようやく官邸に到着。
 タクシーの運転手さんも「住所からいうとあのビルが官邸なんだよ~」(いやいや反対側のこんもりした森の方でしょ)
 清風荘女将の「もう間に合わなかったの~」の言葉に「へ~!!」とびっくりされて・・大爆笑。
 そのまま降りることなく東京駅に向かうこととなりました。
 山谷先生からは親戚でもあるべにや女将に「どうしたの~?」と電話もありました。

 東京駅・・
 いまだにダイヤは乱れています。
 19:56発の切符に買い替え、へとへとで達成感のかけらもなく帰路に就こうとしています。
 車窓からのなごり雪。23:30頃帰着です。
 新幹線内でも爆笑しながら、芦原温泉駅へ迎えに来てくれた車の中でも笑いが溢れていてみんなと一緒はほんと楽しい!
 最後はなんとも素敵な「官邸物語」・・となりました。

 2日前まで風邪をこじらせ臥せっていた由紀会長。本当に頑張ってくれました。
 体調が悪化したのではないかと心配しています。(39度の発熱)

 官邸に入れなかった3人からも石破首相に申し上げたいこともありました。
 まず、東京日帰りを可能にした北陸新幹線。
 東北新幹線での車両事故が15万人にも及ぶ影響があった原因を究明していただきたい。
 上野-大宮間の線路の代替えルートも必要なのではと痛感しました。
 それを踏まえれば、東海道新幹線における代替えルートとなる北陸新幹線の延伸は不可欠ではないかと・・。
 敦賀駅から見える行き止まりの線路を見るたびに強く感じる思いです。

 後日、県担当者様より
 報道では何事もなかったように見えますが、女将の皆さんのご苦労をはじめ、運転手の方、官邸の方、全員のチーム
プレーの賜物で、何とか体裁を保つことができました。
 お陰様で、福井県を全国にPRできましたし、石破総理に新幹線の敦賀以西のお願いもでき、一定の成果を得ることが
できました。
 女将のみなさまには、今後、さらに、いろいろとお願いすることも出てくると思いますが、福井県を盛り上げるため、
今回に懲りずよろしくお願いします。
 北陸新幹線の効果がますます、あわら温泉に届くよう、我々も頑張ります。
と言っていただきました。

 その後、再度お目にかかった折に、官邸にいる県の方でも語りつくせないほどのドラマがあったと伺いました。
 富山駅で降りて富山空港、新幹線つるぎで折り返し小松空港、大宮駅まで我慢か・・渋滞にはまったらどうする・・。
 聞けば聞くほどハラハラドキドキの決断です。
 女将が間に合わなければと、福井県東京事務所とアンテナショップの女性2名を手配。
 1台が首都高速の霞が関ICに降りたと聞いた時はこれで何とかなると確信したそうです。
 では1号車はその時見捨てたんですねとここでも大笑いです。
 あのまま新幹線に乗車していたら間に合ってなかったとのことでした。

 3月26日(水)付け日刊県民福井新聞のコラム欄でこのドラマチックな出来事をサクッと書かせていただきました。
 反響は大きく、なぜ6人が3人になったのかが理解できたと言っていただきました。

   
       

 3月16日(日)には北陸新幹線芦原温泉駅開業1周年記念イベント「オンセンバ!サンバ!フェスティバル」が華々しく
開催されました。
 芦原節と未来組との白浪五人衆の披露です。

 2年目も「オール北陸」で頑張ります。
 またいつか官邸表敬のご依頼があったら・・「ともちんラーメン」食べようね!智代ちゃん(笑)